読書感想「うんちの行方」

なんだか男子小学生がふざけて書いた作文の題名みたいだが、真面目にうんちの行方を追った本。

うんちの行方(新潮新書) - 神舘和典, 西川清史
うんちの行方(新潮新書) - 神舘和典, 西川清史

SNSで書影を見かけ、内容については触れられていなかったが帯に書かれた「鉄道や船はどう処理? もしタワマン全戸で一斉に流したら? たった5分で飲用水?」という言葉に惹かれ、次の日には書店で手にしていた。

そもそもうんちとはどういうものなのかから
現在の下水処理の方法
鉄道のトイレの今昔
富士山のトイレ事情
途上国でのトイレ整備
災害時のトイレ
日本の屎尿処理の歴史
について書かれている。

特に面白かったのは冒頭の現在の下水処理の方法。
下水処理場に見学に行ったような気分になる。
下水道が整備されていない途上国向けに開発されたトイレについても興味を惹かれた。

しかし、ここでふと不思議に思った。
確かに下水道が整備されていないところでは屎尿が元で感染症が流行するということは古今東西で聞く話だし想像もつく。
しかし、人があまり居ないような山で動物の屎尿で動物が病気になるという話は聞いたことがない。

やはり、人間は多すぎるのだろうか。

もちろん全陸地の面積で均したら大した人数ではないのかもしれないが、数km四方無人のところに独りで暮らしているなんて人は世界を見回しても少ないだろう。
多くの人が都市なり集落なりに住んでいて、人口密度が高いのだろう。

最後の日本の屎尿処理の歴史を見ると、その予想があたっているらしいことがわかる。
平安時代くらいまでは川に垂れ流して、それで済んでいた。
鎌倉時代くらいには人口も増えてきているだろうが、屎尿を農家で肥料として使うということが一般化し始め、都市部の屎尿を買い集めてまで利用していたようだ。
それが江戸時代までも続き、この頃の都市部は衛生的だったそうだ。

明治大正時代頃には人口の増加が農家での屎尿の利用を上回ってしまったり、化学肥料の登場でそもそもの利用が減ったりする。
これによってコレラの流行が何度も起こるなどした。

この頃からの屎尿との戦いが実に壮絶。
都市への人口集中が進み、農家が減り、都市は屎尿で溢れかえったのだ。
私が生まれた1960年代くらいまではそれは壮絶な状況だったらしい。

そうした歴史を振り返って「昔には戻りたくない」と締めくくられているがまさにそのとおり。
今の下水処理の素晴らしさに感謝したいと思う。


題材が題材なだけに汚い話が続くが、知らなかった歴史、事情を知ることが出来て知的な楽しみを得ることが出来ました。
そして何より下水処理を発展させてくれた人たちへの感謝を持つことが出来ました。

擬似的な社会科見学をしたような気分にさせてくれます。

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