ちょっとずつ、マイペース。なELTの今後

さて、こちらはELTファンの方向け記事。

一朗さんの「ちょっとずつ、マイペース。」を読んでいたら、「五月雨」の基となったエピソードと思われる事について少し触れられていた。

「ポップスは強い情念を込めたものでは無く、だれもが軽く聴ける曲。
だから、ELTとしての自分たちの音楽が、人に影響を与えるとは思っていなかった」という。

そこに、病気で体も動かない青年から手紙を貰い、ELTの曲に励まされて毎日を生きて、棺桶にまでCDを持っていくつもりだとの事。

そして、彼に会いに行く。

「どんな表情で
 どんな姿で
 会えばいいか戸惑った私を
 待っていたのは
 天使のような
 笑顔でした」

そこで、一朗さんのELTの音楽への思いは変わったという。
ライブにしても、自分たちは何十回の演奏のうちの一回でも、お客さんにとっては大事な一回なのだと。

このエピソードはいつの事なのかははっきりとは分からないが、おそらく五十嵐さんが抜けて、私に言わせれば、今後どうしていくかの迷いが見られた時期。
この事がELTを二人で続けて行く決心のきっかけの一つだったかもしれない。

そして、時は進んで2015年9月にTabiTabiをリリースして以後、シングルを2枚出したのみでELTとしての活動はかなり下火になっている。
もっちーの妊活という噂が有ったり、もっちーはソロ活動に重点を置いているとも取れるような発言が有ったり、(Gentarohさんのブログ)ELTファンをやきもきさせている。

そして、20周年公演から3年、突然の23周年公演。
23と言う半端な数字から、まさか、最後のコンサートでは、、と勘繰るのも私だけではないようだ。

(Gentarohさんがリブログされた、和夏さんという方のブログ

この方のブログ以外からも情報が有りましたが、23周年公演の「愛の謳」でもっちーが感極まって歌えなくなったとか。

「愛の謳」は今一歌詞の意味が分からなくて、あまりよく聴いてこなかった歌なのだけど、改めて聴いてみると、ファンへの感謝の気持ちを歌ったとも取れるような歌詞。

ここで歌われている「愛」は「恋愛」の「愛」ではなく、家族の愛、友愛、とかも含めたもっと大きな愛なのではないかとも思う。
つまり、ファンからELTへの愛も含むのではないか。

「生ぬるい風に
 打たれ僕は
 何を残して」

という歌詞が、「五月雨」のエピソードで自分たちの歌が人に影響を与えているのだという気づき、そして、ファンの心に何を残すのだろうかと言う畏れと言うか戸惑いと言うか、そういう物を表しているのではないだろうかと言う気もした。

なので、このところCDも出さず、コンサートも3年間やっていなかったのに集まってくれたファンたちの姿を見て、「愛の謳」を歌って感極まったのではないか。
そんな事を思った。

「旅旅」や「ありがとうはそのためにある」「BEGIN」も私はファンや応援してくれる人への感謝を歌った歌だと思っており、カラオケで歌おうとするとなぜか私が感極まって歌えなくなったりする。

もし、ELTの二人が今後どうするかに迷っているとしたら、今回の公演で「愛の謳」を歌った時の思いを今一度、思い出してほしい。

「今となりにいるあなたと
 これからも見続けて
 生きていたい」

それは、私たちもです。

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この記事へのコメント

ゲンタロウ
2019年09月05日 01:54
ほんとにおっしゃる通りだと思います。
「五月雨」秘話が、やはりお二人の転換点であり、「今のELT」の原点である。

人は自分がやりたいから、自分のために何かを始めます。特に音楽など芸術はそうですし、そうでなければ始まらない。でも、ある時点で大きな壁にぶつかり、続ける事ができなくなります。その時に、他のためにやるというモチベーションの転換が起きると長続きする、という事でしょうね。

「BEGIN」は涙無しには歌えません。