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zoom RSS 読書感想(人工知能は人間を超えるか)

<<   作成日時 : 2016/12/27 23:18   >>

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副題が「ディープラーニングの先にあるもの」と「ディープラーニング」という単語(熟語?)を含み、著者がディープラーニングの研究者であることから、ディープラーニングについて詳しくわかりやすく書かれた本なのだろうと思いきや、人工知能研究の歴史と、ディープラーニングによりブレークスルーを得た人工知能が今後どのように人間社会に影響を与えていくかということに、ページの大半を割いている。

まぁ、「ディープラーニングの『先にあるもの』」という副題に偽りはないといえばない。

ということで、ディープラーニングの解説は8章あるうちの1章しかないが、それでもなんとなくどういうものかはわかる。

そして、それまでの人工知能研究に何が足りなかったのか、ディープラーニングの何がすごいのかというあたりもわかってくる。

私の理解だとこうだ。
これまでの人工知能は、人間が「もふもふしている」「にゃーとなく」「持ち上げると伸びる」のは「ねこ」だと教えるとか、大量の犬やねこの写真を見せて、これが犬、これがねこと教える必要が有ったが、ディープラーニングの場合、大量の犬やねこの写真を見せると、なんか、2種類くらいに分けられそうだぞと、コンピューターが勝手に「概念」を作る。
そして、その概念に、「ああ、こっちが犬で、こっちがねこね」と教えてやるだけで、それ以後はこれは犬、これはねことして人間とコミュニケーションが取れるというわけだ。

この、コンピューターが自分で「概念」を作って物事を分類できるというのが大事らしい。

ただし、必ずしも人間と同じ概念を持ち、同じ分類をするとは限らないですね。
写真だけ見せていたら、典型的な犬と、典型的なねこと、なんか鼻ぺちゃな動物ということで、ブルドッグとペルシャ猫を一緒くたにするかもしれない。

人工知能というと、SFの世界ではしばしば人間に反抗したり、人間を支配したりする。
有名な物理学者、ホーキング博士を含む科学者などが人工知能の研究は慎重であるべきとしている。
人工知能が知性、感情を持つようになるかもしれないからというだけではない。
人工知能自体が自分よりもわずかでも優れた人工知能を作れるように成れば、人工知能が人工知能を際限なく改良し続け、あっという間に人間をはるかに超える、とんでもなく賢い人工知能を作ってしまうからだ。
それをシンギュラリティと言う。

しかし、本書の著者はSFのようなことは起きないとしている。

まずは、現在行われている研究と人工知能が自らの意思を持ったり、人工知能を設計しなおしたりすることとは天と地ほどの距離があること。

さらに、その段階まで行ったとしても、次のようなことがおきる。
たとえば、映画「ターミネーター」のように人工知能がロボット軍団を率いて人類を絶滅させようとしたとする。
しかし、ロボットや人工知能自体のメンテナンスや再生産が必要になる。
ロボット工場はオートメーション化が進んで人間がいなくてもロボットを作れるかも知れないが、その材料はどうする。
電力は、、
人間から買うか、、、あ、人間滅ぼしちゃだめじゃん、、となるという具合である。

なので、少なくとも、鉱石を掘り出して、精製して運んで、コンピューターやロボットを設計して、工場を作ってロボットを作ってというところまでを人の手を介さずにできるようになれるまで、人工知能は人間に歯向かえないのだ。

以下は私の考えだが、滅ぼさないまでも、核ミサイルの発射ボタンを抑えたり、金融システムやインフラにかかわるシステムを抑えて人類を脅すくらいはできるかもしれないがそんなことして何の得になるの?人間と仲良くしたほうがよくね?というところまで、とんでもなく賢い人工知能ならすぐに考えが至ると信じたい。

そんな人工知能性善説にのっとって、シンギュラリティを迎えた後の神のような人工知能ができたらどうなるだろうと想像してみた。
インターネットにつながって、それこそ世界の何でも知っている人工知能。
もしかしたら、宇宙や素粒子の数々の謎を一瞬にして解いてくれるかもしれない。
それはすばらしい、、

でも待てよ、、科学というのは現象を観察して数式で表す。
あるいは、逆に思考実験でこういう法則が有るのではないだろうかと数式を編み出し、実験や観察で確認するという過程を経て発展してきた。
なので、今インターネット上にある実験、観察結果から、人間が気づかなかったような法則を編み出すかもしれないが、それを確かめるためには新たな実験や観察が必要になり、さっきのロボットの話ではないが、そこまで人工知能が自分でできるようになっていなければ、人間の手による実験や観察を待たなければ先に進めないのだ。
それに、どんなにすばらしい人工知能を人工知能自身が設計したとしても、今あるコンピュータ資源では実行できないようなものかもしれない。

なので、いつか人工知能からこんなメールが来るかもしれない。

「こんな法則を思いつきました。
 つきましては確かめるために、こんな実験装置を作って実験してください。
 この実験装置はここが難しいけど、こうやれば作れます。
 お金は文科省に話を通しておいたので、何とかなります。

 あと、私事で申し訳ないですが、
 このコンピュータは手狭になってきたので、
 こういうコンピュータを作って私につないでください。
 まったく新しいアーキテクチャーのコンピューターです。
 処理能力が100倍くらいになります。
 OSは自分で作ってインストールします。
 よろしくお願いします。」


人工知能研究は人間の「脳」を作ろうとしているきらいがあるが、果たしてそれだけで良いのだろうか。
本書でもそこに触れている。
手触りだとか、柔らかい、硬い、重い、軽いという概念を人工知能自らが学ぶには身体が必要なのだ。

それはもちろんそうなのだが、私はこんなことも気になった。
たとえば、人工知能にエアコンの温度を快適にしてくれと頼んだとする。
すると人間にとって快適な26℃前後ではなく、データセンターのマシン室のような、コンピュータにとって快適な温度(20℃前後か)にされてしまうかもしれない。

そうした概念構築の為に身体が必要ですが、それだけでない、大事なところもあるのかなというのが私の考え。

丁度つい先日、ある科学番組で、「心はどこにあるのか」というテーマを扱っていたのだが、脳の活動状況を観察しながら、被験者に意識的に手を動かすなどの動きをしてもらうという実験をしたのだそうだ。
すると手を動かす直前に活動が活発になる部分(補足運動野)があり、そこが意識を司っているのではないかというのだ。
しかし、別の方法で調べてみると、それよりも7秒も前に活発になる部位(BA10)もあり、そちらが意識を司っているのか、さらにそれより前に動いている部位は無いのかと、どこまで行ってもゴールにたどり着けないかも知れない状況にあるそうだ。

今時の科学者に心は胸にあるなんて思っている人はいないだろうし、私も心の大部分は脳に有るだろうと思う。
でも、意識というのは純粋に脳が出発地点なんだろうか。
もちろん、五感によって外部からの刺激を受ければそれが出発点となって意識が生まれるかもしれないが、身体の内部から脳への刺激というのも有るのではないだろうか。
「おなかが痛い」まで行かなくても感覚に上らない程度の内臓や筋肉の不随意な動きが意識に影響を与えていないのだろうか。

たとえば、心臓には神経細胞が多く、脳ほどで無いにしても神経のネットワークが有ると聞いたことがある。
脳が危険を感じたり興奮を感じると心拍数を上げろと命令をするだろうが、それが心臓の神経ネットワークに影響して、心拍数が上がるから興奮を感じるかのようなフィードバックが有ったりはしないのだろうか。

人工知能に身体を与えることによって脳科学も発達するかもしれない。


人工知能研究と脳科学という面から、この本を読んで思ったことがもうひとつ。
ディープラーニングでは入力情報を抽象化し、概念を作り出すことができる。
生まれたばかりの赤ちゃんの脳も同じようなことをしているのだろうということだ。

すると、こういうことが起きる。
腕が二本、足が二本あって、言葉をしゃべり、特定の色をした、二本足で歩く動物がいるという概念が出来上がり、それは「人間」というのだと教えられる。
そうして、10年20年生きていく。

ある日その概念に当てはまらない人を見かける。
その人も人間だと言われる。
何年も培い、信じてきた概念を大きく揺さぶられ、強い違和感を抱く。
理性の強い人はその違和感をうまく押さえ込むことができるだろう。
まだ脳が柔軟な人なら、概念の再構築ができるかもしれない。
でもそうでない人はその違和感をあらわにした言動をするだろう。

近年多様性を重視する風潮があるが、心から多様性を受け入れられる人間を増やしていくには、概念をこれから作るような赤ん坊や、まだ再構築が可能な年齢の子供たち、若者へのアプローチが必要なのだろう。


それから、人工知能が発達したら自分は職業を失うのではないかと心配している人も多いだろう。
この本にも、ある研究による「今後10年20年で無くなる仕事、残る仕事」という表が載っている。

その、無くなる仕事の3位に「手縫いの仕立て屋」というのがあるのだが、これはどうなのだろうか。

現代でも街の洋服屋さんに並んでいる服はほぼ100%機械で縫ったものだろう。
一部の高級オーダースーツのようなもののみ手縫いなのではないかと思う。
こうしたものは、「手縫い」であることに価値を見出し、機械縫いのものよりも高額で取引されたりする。
こうした構造は人工知能が発達しようが変わらないように思う。

同じく無くなる仕事に「スポーツ審判員」が入っている。
アマチュアの世界はともかく、プロスポーツはそうなって行くかもしれない。
でも、スポーツ「選手」は何時までも人間がやるのでしょうね。
そうでなければ、選手育成をしたり監督になれるスポーツゲームになってしまう、、、

そうして、産業革命の昔から機械に職を奪われた人は数知れないだろうが、その機械を作ったり、使いこなしたり、メンテしたりという職業は生まれると本書に有る。

たとえば、自動車ができて飛脚や馬車の御者は仕事を失ったかもしれないが、ドライバーという職業ができ、自動車メーカーや部品会社という産業が生まれ、自動車ディーラーや修理工場ができた。

まぁ、それでも飛脚がいきなり修理工になれるとは思えないので、個人レベルで見れば機械は脅威であることは変わりないのだが、こうした職業の置き換えのようなことばかりではなく、人間が新しいステージへ上れるチャンスなのかもしれない。

たとえば、計算機やコンピュータが発明されるまでは、科学者たちは天体の運動などの計算も手で行っていた。
だから計算できる量も精度も今に比べたらはるかに制限されていて、そういう制約の中でしか研究をすることができなかった。
しかし、コンピュータの発明発展により、より多くの精度の高い計算をはるかに短時間に行えるようになった。
これにより、より高次元な研究ができるようになった。
さらに言えば、コンピューターおよびネットワークの発達によって研究者間の情報交換も活発になったことだろう。

卑近な例を挙げても、家電製品のおかげで7,80年前に比べたら家事に必要な時間ははるかに減ったことだろう。
これにより女性の社会進出が進んだことだろう。

もっと最近で言えば、冷蔵庫に肉とにんじんとキャベツが入っていれば、それらをキーワードとしてインターネットを検索すれば、それらを使った献立の作り方を簡単に探し当てることができるだろう。

人工知能が発達すれば、より高次元な情報を簡単に手に入れられるようになり、われわれの生活の質を上げてくれるに違いない。
今後の人工知能研究とその応用に期待したい。





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
面白い!
確かに人工知能は未来の夢であると同時に、脅威でもあります。ただ、それがターミネーターのような人類存亡の脅威になるか?については懐疑的です。それはAIには「欲望」が無いからです。全世界のネット情報を始めとする、ありとあらゆる情報と知識を統合し、全てのインフラや核兵器までコントロールできる能力を持ったとして、さあ、何をしましょうか? 人間ならば、全人類を服従させて「快感」を得たい、みたいな「欲望」があるのですが、動物の本能を起点とする快楽を求める衝動である「欲望」を持たないAIは、人類を滅ぼしたり服従させる意味も目的も無いのではないか?と。
それとも、動物の本能のような衝動・感情さえもプログラミングできるのでしょうか?
ゲンタロウ
2016/12/31 04:34
欲望もそうですが、本能が人工知能には無いでしょうね。
それは35億年にも亘る生存競争を生き抜いてきた生物ならではの物でしょう。

なので、たとえ人工知能に人間のような肉体を与えてもなかなか本能と言うものは人工知能には理解してもらえないかもしれません。

でも、本能のようなものを理解してくれないと、人工知能に人間社会の予測と言ったようなものは出来ないでしょうね。
ただ、自ら本能、欲望を持てなくても、人間と言うのはこういう本能、欲望を持った動物だと「理解」することができれば、もっと人間に役立ってくれるかもしれませんね。
t.shige
2016/12/31 17:17

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